自分の扱いに長けると言うこと

2021年04月22日

東京大学の研究で、
トラウマ記憶を思い出すとよみがえる恐怖を消し去る分子スイッチが発見されたとの記事を読んで考えたことです。

当該サイトURLは、
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20210224-1.html

脳科学に関する極めて専門性の高い論文のようなので、
いつもの通り、私の能力をフル稼働させて解釈した結論を記すと、

恐怖記憶は、恐怖を感じる場に1分以上いると、消え出す。
10分いれば、記憶で恐怖を感じなくなる。

ということらしいです。

恐怖場面に、1分以上居続けることで消去スイッチが入るとか。

このことを、現実的に考えてみました。

いわゆる「馴れ」
なんだろうなと思います。

怖い怖いと怯えて、恐怖を感じる場に行ってみたら、存外問題なかった。

という経験は多くの人が持っているでしょう。

きっとこれです。

その場に身を置いた瞬間は、MAXの恐怖感、恐慌感かもしれません。

でも、しばらくいると、次第に落ち着いてくる。

そして次からは、恐怖感はそう問題でなくなる。

心理療法では、暴露と言って、あえて恐怖を感じる場面を体験する(暴露)することが恐怖の軽減に効果的と言われています。
今回の研究で、そのメカニズムが解明されたことになるのでしょう。

トラウマ当事者目線で考えてみると、これはとても有り難い結果です。

だって、一番困るのは、恐怖に怯えて生活の範囲が狭まることだもの。
そのために、やりたいことがやれないことだもの。

まだ起きてないことであり100%起きるとは言い切れないことだけど、
それが、起きたときはマジでとてもヤバいので、
それが起きそうな兆しを察知しするために、
気を緩めずに周囲を常に警戒しておかねばならないからですね。

おちおち暮らしておれない。
平和に暮らしている場合ではない。
そんな心持ち。

実際は、怖いことが起きる機会はとても少ないのに。
ほとんどが安全な暮らしなのに。
頭では分かっているのに。
身体が怖がってしまう。

だから、
少しでも恐怖が減るやり方を身につければ、
つまり、
恐怖を感じた際の対処法、
恐怖を感じた自分の扱いさえ熟達していれば、

生活していけるもの。
やっていけるもの。

今回、1分後には楽になり始める。
10分しのげば、だいぶいい。
ということが示唆されました。

今後、怖さを感じたは、

とりあえず1分過ぎれば大丈夫。
 10分後には落ち着くのだもの。
のワードは安心材料となりそうです。
  


お小遣いもらってもうれしくないこと

2021年04月18日

マルトリートメントや虐待などは、子どもの脳のいろいろな部分に影響があるそうです。

参考サイト
防ごう! まるとり マルトリートメント
URLは、
https://marutori.jp/?fbclid=IwAR1ewmrh0OP5CdIZVMT7E30UcVMI_aLRF3KDxyO-MwmoUqYfjwCP8bx72TY

このうち、報酬系と呼ばれる部分にも大きな影響があるのだそうです。

人や動物は、
自分の行動の結果から、何かご褒美をもらうと、それがうれしかったので、また同じ行動をしよう。
と元気に行動的になっていきます。

この行動とご褒美(報酬)の関係に影響する、脳の線条体という部分に影響が出て、

報酬をもらっても、つまり褒められても、お小遣いをもらっても、いい成績を取っても、友達から優しくされても、
そんなに心が動かなくなるみたいなんです。
※都合、行動が活発にならない。

報酬があってもうれしくない。

なんとなく分かります。

お小遣いをもらっても、そんなにうれしくない。
成績がよくても、褒められても、友達と仲良く楽しくやってても・・・。

だって・・・。
 どうせ・・・。
という感覚。

経験的に知っています。

さて、
最新の経済系の理論にプロスペクト理論というのがあるそうです。

これによると、今よりとてもよい状態になることが予測できると、人の心は動いてその状態に向かってアクションを起こしやすいのだそうです。
※恋人ができたら人生がバラ色になる! と予測したら、積極的になるんじゃないかしら。

一方で、今よりそんなによい状態にはなれないなと予測する場合は、むしろ何か変化を起こすことで今より悪くなることが気がかりで、よりよくなるためのアクションは起こしにくいのだとか。
※恋人ができたところで・・・。

そういえば、
持病のある人はコロナワクチン接種の不安が大きい。と言う調査結果が出たというニュースもありました。
NHKWEBサイト
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210322/k10012928011000.html

今、ワクチンを打てば元気はつらつな生活が送れる!
となると、ワクチン接種のアクションを起こしやすいけど、

今、やめたところで持病は治んないし、むしろ副反応の方が心配だわ。
となると、アクションを起こす気になりません。

きっとこういうことなのでしょう。

多少褒められたり、少しばかりいいことがあって、喜びや自信が増したとしても、
基本的に不幸な状態が大きく変わるとは思えない。

そんな状況の人の脳の報酬系が発達しないことは、
プロスペクト理論的にも、理解できそうに思えたのでした。

こんなことから、
自己肯定感を上げたり、望ましい行動を増やすために、
褒めること(報酬)が通用しない人。
っているように思えます。

褒めりゃいいってもんじゃない。
逆にしらける。

それを褒められたところで人生が好転する気がしないもの。
ちっとそっといいことがあったぐらいで人生がよくなるとも思えないもの。
そんな思いで暮らしている人は。

ちなみに、
プロスペクト理論では、
現状がとてもよくないと思っているときは、リスクをとって現状打破にチャレンジするとか。

飲酒で人生が心底どうにもならなくなったら、人生の唯一のよりどころである酒を手放し、酒のない生活という人生最大のリスクをとるようになるのかもしれませんね。
底付きと呼ばれています。

どんないいことがあるか?
という期待が、人の判断に大きく影響を与えるという話でした。
  


自責のフラッシュバックの仮説

2021年04月14日

自分を責める。
罪を強く感じる。
恥じ入る。

動画を見たり、ニュースに触れたり、話を聞いたり、無関係のことを思索中だったりしたときに、
何かの刺激で、
瞬間的に、
そんな感覚を持つことがあります。

自責のフラッシュバックと勝手に呼んでます。

このメカニズムについて考えてみました。

体の感覚は、
一瞬、戦慄が走ります。
緊張して、肩が上がったり息が詰まったり。

交感神経が有意な状態。

これ、
臨戦態勢。

脅威が迫ってくる感覚。

それは、
誰かから
 怒られる感覚。
 叱責される感覚。
 落胆される感覚。
 恥と思われる感覚。

どうやら、
この体感覚を瞬時に感じるようです。

もし、自責のフラッシュバックが、
責められる恐怖反応。
だとするならば、

このトラウマ反応じゃないかと思うのです。

叱責場面に瞬時に移動して再体験している。

となると、
おぉ、怖かったねぇ。
もう大丈夫だよ。
怒られないから。
自分をねぎらうことで対処すればフラッシュが軽減するのではないかと予想します。

しばらく実践してみます。

  


PTSD評価にある未来が短縮した感覚の話

2021年03月26日

sense of foreshortened future
未来が短縮した感覚
と訳されています。

PTSDであるかどうかのチェック項目の一つです。

経験的によく分かります。

未来が短縮しているので、
逆に、近い未来のことなら想像できます。
ショートタームな予定は立てられます。

遠い未来、1年先、半年先になると、途端に不安になるかも。

明日あさってぐらいの予定なら問題なし。

来週の予定となると少し緊張して自信がないかも。

だって、何が起きるかわかんないし。
生きているかはっきり約束できないし。

トラウマの問題といえば、派手なフラッシュバックや発作が取り沙汰されがちですが、
地味なこんな問題もなかなかどうしてトラウマ後の人生を左右しています。

だって、
だから治療とかに積極的になれないのだもの。

治療が成功するまで生きているかどうか分からないから。

確実なのは、今このとき。
は、まだ生きてる。

そして、きっと今日1日、
なら、なんとか生きていられる。と思う。

実のところ、
そんな気持ちで数十年生きてきている。

今を安全に、安心して暮らせる体験をたっぷり、存分にしていけば、
少しずつ、先のこともイメージできるようになるようです。

安全な今とつながっている同じように安全な未来にも目を向けて暮らす今、

その今の調子で生きているんだろうって、

思えるようになるからじゃないかしら。

と思うのでした。
  


共感と注意とまなざしと

2021年03月22日

発達障害は、注意の向け所の問題だ。

と、最近思うになりました。

というのも、発達障害の特徴としてあげられるコミュニケーションの難しさについて、ひらめきがあったからです。

どんなひらめきだったかというと、

コミュニケーションや共感がうまくいかないのは、相手が伝えようとしているポイントに注意が向いていないから。

別のポイントに注意を向けているから、やりとりがズレる。誤解が生じる。

からじゃないかって。

※ある意味、これだけの問題じゃないかと思うことすらあります。個人的に。ほかは大して問題なしって感じで。

実のところ、人がコミュニケーションする際、ポイントのズレはほとんどの場面で起こっています。
このことは誰しもが経験的に知っていることでしょう。

では、
どうしてそれがおおごとにならないのでしょう?

または、
どうやって、おおごとにならないようにしているのでしょう?

単純明快!
ズレを修正しているからですね。

すると次の問いが立ちます。

どうやって?

これまでのコミュニケーションを振り返ると、
どうやら、
瞬間瞬間に相手の反応を見ながら自分のコミュニケーションの仕方を調整しているからのようです。

つまり、
相手の反応を見ながらコミュニケーションしている。

独りよがりにならないで。
自分の言いたいこと聞きたいことばかりに注意を向けないで、きちんと相手の様子も知覚しながらコミュニケーションする。
こんな風にしているから。

ズレが大きくなっておおごとになる前に、
ちょこちょこ軌道修正しているのですね。

では、
どんな風に修正しているかというと、

ズレが生じていると、相手の相づちが止まります。
眉をひそめます。
笑顔じゃなくなります。
唇がへの字になります。
黙ります。

その時こそ、修正チャーンス。

あれ、違った?
ん? ちょっと待って、整理させて。
と言ったり、

えぇーっとぉっ・・・と目線をずらして、
一呼吸置いて思考をを整えるなどして、

その場でズレを修正しながらコミュニケーションしている。

こうして、おおごとにならないように、
人と人がコミュニケーションすればどうしても生じるズレを(無意識に)修正しているのですね。

さてこの、
相手の反応を見る。

ということを学んだ最初の体験は、
かつて自分が親などの養育者からまなざされたことと思われます。

見ることができるようになるにはまず見られる体験をたっぷりすること。
ってこととです。

相手の顔がある。
相手が見ている。

相手が眉をひそめている。
なんかやな感じだなぁ。

目がおっきくなった。
口がぱっと大きくなった。
つられてこっちも。
なんか楽しいぞ。

お、なんか変な感じ。
なんだなんだ????
相手も変な顔だ。

また目と口がおっきくなった。
つられてこっちも。
うひょひょひょ。

相手から見られている。
まなざしを受けている。

無言のやりとり。
それでいて気持ちが通じ合う。
影響し合う。
まなざしの交流。

相手の変化と自分の気持ちの変化の両方に注意を向けながら交流する。
そんな体験です。

そしてこの感じ。この感覚。
カウンセリングの基本の共感と一緒な感じなんです。

話を聞いて、相手が感じた感情を、カウンセラーも同じように感じる。
共に感じる。
これが共感。

あぁ、私もそう感じる~分かる~の、
同感とは違うと言われています。

相手の感じを共に感じるのです。
それは、カウンセラーが独自に抱いた感情、感じではありません。
相手から伝わってきたそれらがカウンセラーの中で再現されているからです。

そんな体験をしているときのカウンセラーのまなざしは、
かつて、
自分を共感的にまなざした親などの養育者のそれときっと同じじゃないかと思います。

困難を抱えそれをまだ十分に言葉にできていないクライエント(相手)へのまなざし。

心の裡が整理できなくて、どこに、何にポイントを置いていいのか分からないクライエントへのまなざし。

穏やかに、共感的に、思いやりを持ったまなざし。

それは、
クライエント(相手)はどこをまなざしているのかなぁ?
と言うまなざし。

こういうことから、
発達特性から、注意の向けどころが相手とズレてしまっている人へのまなざし。

も、同じようであれば、穏やかにズレが修正されポイントが一致できるのではないかと思います。

つまり、
穏やかに、共感的なまなざしで。

これが、
通じ合うためのポイントじゃないかと思うのでした。

参考文献
『自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐ人たちのために』(内海健著 医学書院刊 2015)