2015年11月10日

トラウマケアをオンラインで学んだのでした。

 少し前まで、
 日本で唯一の過去に性的虐待を受けた男性のための
 カウンセリングオフィスPomuさんが、
 主催するオンラインセミナーを受けておりました。

 勉強好きでしょう拍手
でも、学校はいまいち苦手だったんですよ~。クレイジー

 トラウマケアは、トラウマについて話しをすることがトラウマをひどくすることがあります。
だから、一般的なトークセラピーは注意が必要なんですね。

 そこで近年注目されているのが、身体アプローチなんです。

 実は、身体は言葉以上にメッセージを発していたのです。
近年、それを受け取り、そしてケアに応用することができるようになってきました。

 その第一人者の先生方のインタビュー動画が無料で公開されています。
 本格的に学びたくなったら、有料動画への移行もできます。
 詳しくは下記URLへどうぞ。

 お知らせでした。

→ http://www.pomua.info/ca
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講

2015年08月14日

ジェンダー研修受けたのでした 6

 男女共同参画やジェンダー研修についての、男聞風坊による批判的な記事の続き6、最後です。

 男性に対する否定的な思いを秘めた研修現場の中にいて、
 男性ホルモン優勢で負けん気の強い私聞風坊は、穏やかに女性陣の思い込み・バイアスを指摘しています。

 究極、
「どうして私のことを男だと思ったの? 見た目?」
 ぐらいの質問を返すかもしれませんクレイジー

 そんなこんなで、
 価値観が相違する対話の場なので、妙な疲れの溜まる研修なのですが、
 自分の価値観を見直し、相手の価値観を確認し、そして対話をつむぐという貴重な経験を積む機会でもあるので、
 できる限り参加しています。

 対話の先にしか、改善はないと思っているからです。

 男女共同参画運動は、女性の社会進出のために男をやっつける運動ではありません。
男女に象徴される人の個別の異なりを大事にしつつ、一緒に社会を作り上げる運動です。


 それは、
男性が主な仕事として家庭で家事をやることを認める運動でもあります。
主婦を望む女性を支援する運動でもあります。
男女の別なく各人が望む社会参画の仕方を尊重し、支援する運動です。

 個を侵害しない社会を作る運動なのです。

 つまり、
 男女共同参画運動の一翼を担うことは、私たち全員の利益にかなうのです。

この項終わり。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)研修受講

2015年08月12日

ジェンダー研修受けたのでした 5

 男女共同参画やジェンダー研修についての、男聞風坊による批判的な記事の続き5です。

 男性優位社会を主張するデータは、男性を攻撃していいという許可を与える根拠になっているような印象です。
 男性は女性の権利を侵害している。その数的データはこれだ。

 よって、権利擁護の観点から、脅威は排除せねばならない!

 先述しましたが、
 そのためか、研修の場での男に対する反応は、基本攻撃的なことが少なくありません。

 ゆえに、女性の権利に少しでも反する率直な意見を言おうものなら総掛かりで、
やり込めてやろう! 人権意識の低い男を教育してやろう!
 となりがちなんです。たぶん。

 少しく男の立場に歩み寄ったとしても、
男も責任を負わされてかわいそう。という同情。つまり見下し。

 こんな心の姿勢での発言がよく見受けられます。

 加えて、
 ジェンダーバイアスというのは男にしかいない。
 自分たちジェンダーを学んでいる者にはない。
というおごりもちらほら見えます。

ヒ・ミ・ツ これ、ジェンダーバイアスがかかっている人とかかっていない人を無意識に区分けするバイアス行為なので、
 密かにジェンダーバイアス・バイアスなんて私は呼んでます。

この項続く。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)研修受講

2015年08月10日

ジェンダー研修受けたのでした 4

 男女共同参画やジェンダー研修についての、男聞風坊による批判的な記事の続き4です。

 女性の社会進出が進んでいないことを最大の問題とする現在の男女共同参画運動にあって、

 科学的データとして、女性管理職の割合、議員数の割合、等々が出されて、女性の社会進出は低いと言われることがよくあります。

 これ、女性が生活しづらいのは、女性の社会参加割合が低いからだ。という仮説に基づいているよう。
 だから社会参加の割合を増やそうと。

 でも、単純に数が増えれば生活しやすくなるのでしょうか ? 
 疑問を持ちます。
 だって、男性優位な社会と言われているにも関わらず、そんなに幸せルンルンに暮らしている男性は多くないようです。
 ※自殺率は男性が高い。

 むしろ、女性が暮らしやすい社会を作るという点に置いては、
 女性(というか自分とは異なる立場の人)への配慮のある男性を増やす方が、より効果的な気もします。

 極端な話、
 女性管理職0%でも、女性がいきいき暮らせている社会の方が、男女共同参画の思想が隅々まで行き渡っているように思えます。
 あるいは、
 男性議員0%でも、男性の利益をちゃんと確保した政策を実行できる社会ですね。

 数的に女性の割合が増えたとして、その分排除された立場からのやっかみや偏見が増加したら、住みやすい社会にはなりません。

 数の平等ではなく、大事にする度・される度の平等とでも言いましょうか。
 そういう平等を私聞風坊は重視しています。

 さて、
研修などでよく出される社会での女性の比率が低いというデータは、格好の餌食を提供します。

この項続く。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)研修受講

2015年08月08日

ジェンダー研修受けたのでした 3

 男女共同参画やジェンダー研修についての、男聞風坊による批判的な記事の続き3です。

 フェミニズム運動や男女同権運動には、歴史的にいろいろな立場があります。
 そのうち、自分の立場が、エクイティだということを確認したのは今年の春先でした。

男に認められていることが女に認められないのはおかしい。
女に認められていることが男に認められないのはおかしい。
男女は権利的に平等だから、平等な処遇が当然。
 というのが私の立場です。

 しか~し、ちっ、ちっ、ちっ
現在の日本の男女共同参画運動の中核は、どうもこれではないようです。

 女性の社会進出に力点があり、
そのために、男性社会の破壊を目指しているような印象。
 それは、女性社会の実現を意味しているかもしれません。

 具体的には、管理職の数、議員の数など男女比が、
 均等にまたは女性の割合が多くなるぐらいの比率・数を求めている感じ。
 数値目標を設定し、それを達成するために
 男から権益を奪い取ってやるぜ! ぐらいの勢いです。

 実はこれ、社会進出こそ唯一善だという価値観の押しつけになるのですが、勢いのためかこの点あまり重視されていません。

 はたして、
 社会進出したくない女性の気持ちは大事にされているのでしょうか?

この項続く。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)研修受講

2015年08月06日

ジェンダー研修受けたのでした 2

 あさからぬご縁の男女共同参画運動の、研修に参加しての感想やら思索やらいろいろの記事の2回目です。

 男女共同参画運動系、ジェンダーを学ぶ系の研修は、
参加者のほとんどが女性で、男性は私以外に1人2人の状況が通常です。

 その中で特徴的なのは、男を敵だとみなしているような発言の多さです。

 もちろん皆さん人権意識は高いので一定の配慮はあるのですが、
 どうにも言葉の端々に攻撃的なニュアンスがふくまれている感じがするのです。
 こういう雰囲気が、男性参加の少なさに影響を与えていることは否めないと思っています。

 長年関わってきている私は、もうすでにこの雰囲気にも反応にも慣れていて、予測もしているとはいえ、
 正直食傷気味ではあります。しょんぼり

 さてそんな雰囲気の研修の中で、100%起きる状況が
男性の意見も聞いてみましょう
 と、コメントを求められる場面です。
 大勢が女性の状況で、逆の立場の男性の意見を言ってほしい。という意図ですね。

 内心、このあまりものざっくりとした質問の動機づけに、
「いやいや人類総人口70億の半分の35億人を代表してないからクレイジー」と心の中で突っ込みを入れながら、
 いつも個人の意見を答えています。

 実のところ、これこそ男と見受けられる私聞風坊に対しての性役割の押しつけ・ジェンダーなのですが、
 これを重要視している女性陣はいるのでしょうか !?!?

 そんなややこしい思いをしながら答えるのですが、
私の意見が、すこしでも女性の権利を侵害する内容を含むものであると、女性陣が色めき立つことがよくあります。
 まるで、
男をやり込めることこそ唯一の運動の仕方だ。
私たちにはそのライセンスが与えられている。
 とでも思っているかのよう。

 男を教育する機会がやってきた! 
と、もっけの幸いと思っているかのような時すら少なくありません。

 口調は穏やかだとしても、内に秘めた思いは伝わってきます。
一生懸命に私聞風坊の立場を尊重してはいるのですが、やはり価値観の違う相手の意見は受け容れがたいもの。
 一気に場に緊張が走ります。

 それを承知で、率直な意見を言う私は、闘争を司る男性ホルモンが優位な男性なんでしょう。

この項続く。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(2)研修受講

2015年08月04日

ジェンダー研修受けたのでした 

 男女共同やジェンダーなどをときどき記事にしていますが、私聞風坊は、男女共同参画運動とはあさからぬ縁を頂いています。

 思い起こせば、自助グループ開催の場所を借りる時に協力して頂いた経緯から、
 ちょこちょこ運動に関わらせて頂いていて、かれこれ10数年になります。

 ひきこもり界も以前は、
長男が危ない!
女性はいない!
 なんて、伝承が広く知れ渡っていました。
現在は、長男以外も女性も多くいることが分かっています。
 だから、男女共同の視点は外せません。

 さて、
自助グループは、少数派・マイノリティの集まりといってもいいかもしれません。

 多数派ではないために、集団から疎外感を感じたり、孤立感を感じたりしている人たちが、
 どうすれば社会と調和した生活ができるかをお互いの体験を通して学ぶ場だからです。

 それが、
男女共同参画の趣旨と一致したからかもしれません。
 よく、研修や会議に参加していました。

 最近またご縁が深まって、久しぶりに研修に参加しました。
集団と個、価値観の相違、相互尊重、社会が期待する性役割・ジェンダー、無意識の思い込み、等々で、
 久しぶりに頭の中がいっぱいいっぱいになる数日を過ごしました。

その体験を少し長く記したいと思います。
しばらくおつきあいくださいませ。

この項続く。

  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講

2015年07月18日

不登校講演会に行ってきました。

 先日、不登校新聞社さん主催の講演に行ってきました。
http://www.futoko.org/

 かつて不登校していた人たちが、新聞を作る仕事をしているのですね。
その編集長の石井志昂さんの講演でした。

 講演テーマも不登校後の進路で、不登校したら人生終わりみたいな感覚になるのはあるあるだけど、
 実際は、いろいろな職種についている元不登校の人はたくさんいるということがよく分かりました。

 さて、お話しの中で、タメという話題がありました。
湯浅誠さんが示した概念らしいのですが、人が生きていくには、いろいろなタメが必要なんだということのようです。

 そのタメとは、お金を持っていること、信頼できる人間関係、仕事、スキル、経験、などなどで、
リソース(資源)と呼ばれるものと同じみたいです。

 それらを多く持っていると、困難な状況でも辛抱がかなうと説かれているようです。

 石井さんは、それを防護壁と喩えていました。
タメがあると、防護壁となり、外界からの衝撃、侵襲、ストレスにも耐えられるイメージでしょうか。

 これ、私が保護膜と指摘している考え方と一緒のような気がして、とてもうれしかったです。

 

 社会からやむなく身を引いた人に必要なのは、自分の身を守る、保つところのナニカなのですね。
 
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)研修受講

2015年04月28日

自信がないと踏み出せません

 以前の記事にも書きましたが、トラウマケアの講義を受けたのですが、その時学んだことの一つに、
セキュアベースというのがあります。

 日本語訳は安全基地ですね。今回はそれについての記事です。

 さて、
 赤ちゃんは、自分が不安になった時には、泣いて訴えたり、養育者(母親)に近づいたりして、
なぐさめてもらって不安を無くそうとするそうですが、
 この時の養育者が安全基地になります。

 恐い・不安→安全基地→安心
の体験を安定して繰り返すと、そのうち一人でも不安を抱えたまま落ち着いていられるそうです。
 自分の中に安全基地を作り上げるという喩えもあります。※内在化

 また、
 人は、なにかしら興味や関心を持つと、
好奇心を満たそうと未知の世界に踏み出したくなります。ダッシュ2

 それは、
見知らぬ人に声をかけることであったり、
   いつもと違う路地を曲がることであったり、
  こもっている部屋から外へ一歩でることであったり。

 でもこの時、好奇心よりも強い不安を抱くこともあるでしょう。
そうしたら、安全基地に戻って不安を解消しようとします。

 まずは自分の中の安全基地に戻り、心を落ち着けようとします。
それでも十分じゃない時は、自分以外の安全基地に戻って助けてもらいます。

 今、
 私の中の安全基地があまり力強くない時、
私は私の不安をうまく解消できません。

 人に声をかけたとしても、用件を果たさずに立ち去ってしまうかもしれません。しょんぼり
 そもそも声をかけることができないかもしれません。

 いつもと違う路地を曲がったら、恐くて足がすくんでしまうかもしれません。大泣き
 そもそも違う道を歩めないかもしれません。

 こもっている部屋から一歩外に出たとして、ものすごい恐怖に駆られ、部屋に飛んで帰るかもしれません。ダッシュ
 そもそも部屋から出ることができないかもしれません。

 こんな時、
 誰かが安全基地であるならば、その人に自分の不安を解消する手伝いをしてもらえるでしょう。

 でも、安全基地の役目を担う誰かがいないとしたら、
私は巨大にふくれあがった不安を自分の中の安全基地だけで対処せねばなりません。

 それにはものすごい労力がいります。激しく心を消耗します。

 安全基地となる信頼できる誰かがいない時、
私は私の面倒を全部自分で見なければならなくなります。

 都合、
 自分で面倒が見られることしか、
自分で許容できる範囲でしか活動しなくなり、
 新しいことにチャレンジすることが非常に少なくなります。

 自分の不安に対処できないから、不安が高いことにチャレンジできないのですね。
たとい興味や関心は高くても。

 あんな風になれたらいいけどムリ。
 ホントはあんなことやりたいけどムリ。

 だから、安全基地となる誰かが必要なんです。
子どもでも、青年でも、壮年でも。
 
 家族がそうなれたらいいですね。
 支援者がそうなってもいいですね。
 仲間がそうなることもできますね。  


2015年04月24日

許すと許可との違い

 昨年、子どものトラウマの研修を受けたのですが、その中で印象的なエピソードがありました。

 いじめられた子どもが、いじめた相手に対して、

許さないけど、いてもいい。

 という姿勢になったことで、いじめ・トラウマから自由になったというのです。

 いじめた行為は水に流さない。

 絶対に許さないし、忘れない!

 でも、お前はこの世にいてもいいよ。

 という意味だったとか。

 いじめ行為は許さないけれど、
この世に一緒に生きていくことは許可した。と言えましょうか。

 アイツがこの世にいても、もう自分はやられない。
   アイツが自分と同じ世界にいても、自分は大丈夫。

 そう思えるほど、力強くなったのでしょう。
自分に自信が持てるようになったのでしょう。

 いじめに遭った子どもを、いじめに類する環境、
つまりトラウマ的な出来事から遠ざけて守るだけでは、

 結局、いじめを中心にした生活を送っているだけなのかもしれません。

 いじめが起きないように。いじめに遭わないように。
   ひょっとしたら今、いじめにあってるんじゃない?
     この先、いじめに遭うんじゃない?

 こんな不安な状態で、日々を暮らすことは緊張を強います。
 
 だから、
 安全が確立され、心の平安も保たれるようになった上でという厳しい条件をつけてのことですが、
自分の味方といっしょに、

 いじめのようなトラウマを生じた出来事と向き合い、
その出来事を自分の過去の出来事として受け止めるようになってやっと、

 過去に囚われずに生きていけるようになるのだろうなと思いました。

  




【お知らせ】
これまでの発表や記事原稿を、「聞風坊の図書館」で適宜公開しています。
別サイトになります。こちらもご覧下さいませ。


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