人生で勝っていいんだと思えるかどうかが肝だという話

2019年10月15日

TA・交流分析の根幹理論に脚本というのがあります。

それによると、

人は子どもの頃に、
両親からのメッセージを受けながら
自分の一生の脚本を書いていて、
多くの演劇ドラマ映画がそうであるように、
その結末に向かって、配役し、ドラマを行い、
人生を送ります。

脚本は、結末ごとにタイプがあります。

先祖伝来引きついできたメッセージを受けた両親からのメッセージに負けず、
自分が自由に決めたOKな結末を迎える勝者脚本。

両親からのメッセージにもとづきつつ、自分の自由意志もそれなりに叶える
勝たないし負けでもない脚本。

両親からのメッセージ通りに結末を迎える敗者の脚本。

の3つのタイプがあります。

親や社会のメッセージ、圧力に負けて、
そんなもんさと自分の一生を終える敗者になるのか。

それとも、
圧力と折り合いをつけながら、
ときどき出し抜いて一時の勝ちを味わう。

全体を見回して、
少なくともいくつかの望みは叶えられたと評価できる人生。
勝ったとは言えないが、だからといって負けた感じもしない。
そんな一生を過ごすのか。

はたまた、
親や社会のメッセージ、圧力を受けて、
それにもとづいた人生行路を歩んでいたが、

あるときふと自分のこれまでと行く末を見直して、
自分の望みをもとに生きても世界は崩れ落ちないし、
命の危険もないし、
友人知人に受け入れられながら楽に生きられそうだし。

と言う見通しを立てて、
自分の思いを叶えるために生きていくと再決断して、
その後を自分の望みを手に入れ続ける勝者として生きていく。
のか。

人は、
親や学校や社会の圧力に負けて、
(ひきこもったまま)一生を終えてもイイ。

そこそこの勝ちを収めながら終えてもイイ。

自分で自由にデザインした自分の人生を生きてもイイ。

のですね。

親の縛りはきついけど、
進学とか仕事とかそこそこ自分の思いは通せてるし、
他者との関わりでも自己主張して割と望みは叶ってるし、
だから負けてる感じじゃないけれど、

子どもの勝利(自分の好きなことをやって達成を喜ぶ)を妬む親だったというのもあるし、
勝利すればけなされるか、からかわれるかだったし、

だから妬まれない程度に、
目立たない程度にやる(勝利する)ように、
これぐらいなら勝ってもいいだろうと言う風に意識して勝負していたので、

つまり、勝利するにしても制限をかけていたので、
勝利の美酒を味わったという風に勝ってる感じもしない半生を生きてきた私聞風坊は、

勝ってもいいんだと。

勝ったとしても誰も悲しまないし、むしろ喜ぶ人は多いし。自他の利益も多いし。

勝利を味わってもいいんだ。

と最近思ったのでした。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

まずはやるべきことを私がやれば悪いことは起きないという幻想の話

2019年10月10日

 TA・交流分析の私的お勉強のアウトプットです。

 人は子どもの頃に、一生を左右する決断をしていて、
 その決断を、どんな風に実現していくかというパターンがいくつかあります。

 例えば、
 ~の後は悪いことが起きる。 
 と言うパターンで二日酔いになる。

 ~までは(好きなことを)やらない。
 と言うパターンでストレスがたまる不満な日常を送る。

 などがあるのですが、

 この「~までは」の関連で、

 「まずは」~をやる

 と言うのがあるように思えたのです。

 例えば、自分のことよりも、

 まずは、親の要望を叶える。

 他者(会社の上司、友人など)の気持ちを優先する。

 そうして、自分のことに乗り組む。

 こんな感じ。

 「~までは」のバリエーションみたいですが、
 「まずは」の方が、よりピッタリな感じ。

 どんな人がこのパターンを持っていそうかというと、

 虐待的環境で、自分の身の安全を守るために、

 まずは強者の言うことを聞かねばならない立場の人たちです。

 そしてもう一つのパターン。
 「私がそうすれば」怖いことは起きない。

 相手は暴力はふるわない。

 世界は崩壊しない。

 というのもあるようです。

 とはいえ、
 実はこの2つ、幻想なんです。

 私がしようがしまいが、相手はお構いなし。
 私がどうあろうがあるまいが、相手はやるし、やらないし、なのです。

 私の努力が足りなかったから相手が暴力をふるった。
 私が我慢しさえすれば世界は安全だ。
 私が四六時中安全に気を配っていれば、怖いことから身を守れる。

 そんなことはありません。

 安全配慮の責任は誰にでもあります。

 そして残念ながら完璧に予防や対処はできません。

 人間の能力は限られているからです。
 能力に限界がないと思うのは幻想です。

 とにかくいつでも、
 まずは誰かの意向をかなえれば、

 とにかくいつでも、
 私さえそれをすれば、

 安全だ。
 安全になる。

 なんて思いは、幻想なんです。

 ※だから現実的には、危険からは逃げるのです。

   


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

人様の言うことに応えようと頑張り続けると人生の途中で立ちゆかなくなってしまう話

2019年09月30日


 TA・交流分析では、自分の人生の予定をどのように達成していくか?

 について、そのプロセスを種類分けして名付けています。

 例えば、

 親や親以外の誰かを

 喜ばせようと躍起になったり、

 要望に完璧に応えようと奮闘したり、

 する人は、

 自分のやりたいことややりたくないことよりも、

 まずは、親や誰かの望みを叶えることを優先します。

 それを達成したら、

 親や誰かの次の要望に応えます。

 それに応えるやいなや、またはそれに応えつつ、

 親や誰かの望みを叶えます。

 相手が喜ぶように、完璧に。

 そうして生きていくうちに、

 あるときふと、

 親や誰かからの要望がなくなることがあります。
 
 すると、
 その人は、

 今から何をしていいか分からなくなるでしょう。

 親や親以外の誰かの期待に応えるために、
 
 まずはその人たちの望みを優先して生きてきた人だからです。
 
 この先どうやって生きていけばいいのだろう。

 なんのためにやってきたんだっけ?

 どこを目指していたんだっけ?

 どうなったらOKだったり、ミッション終了だったっけ?

 自問しても答えはありません。

 もともとゴールはないからです。

 その場その場で誰かの気持ちがすむことをただひたすら繰り返してきただけの人生だからです。

 自分の人生の目標、到達地点、ゴール、終点。

 なんてものは後回しにして、

 まずは相手のこと。

 そんな風に生きてきたからです。

 とはいえ、そんな人にとって、
 人生のある時点で立ちゆかなくなったとき、

 それは、好機となります。

 これから、自分の望みを叶えるために生きていけるのですから。

 自分のやりたいこと、やりたかったことを思い出し、気づき、

 自分の人生を生きていくチャンス到来だからです。

 自分で到達点を決めて、生きていく始まりだからです。

 オープンエンドの脚本プロセスの話でした。 
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

こちらの事情を忖度できない親なのでこちらが配慮するしかない話

2019年05月10日

例えば、夜昼関係なく部屋にずけっと入ってくるし、

入ってくるやいなや自分の用件を言い連ねるし、

その内容はたいがい○○してくれない? 
の要望の形をとった○○しろ! の命令だし、

私のことに関するものにも関わらず、

私に一言もなく勝手に書類を申請したり、参加を申し込んだり、手続きしたり、
変更したり、

私宛の私信に返事をしたり、

私が帰宅するやいなや荷物を置く暇すら与えずに矢継ぎ早に用事を言いつけたり、

その要望にすぐさま取りかからないと大騒ぎする。

つまりは、自分と子どもとの境界があやふやな、ある意味まったくない
自分の事情は子どもの事情、
自分の困り事は子どもの困り事、
※でも子どもの事情は子どもの事情で子どもの困り事は子どものこと、
な自分勝手な両親だったので、

そんな私の事情を忖度しない、配慮してくれない親に対応するために、

私はあらゆる事を急いでやる必要があったのです。

早く食べ、早くトイレをすまし、早く着替え、早く勉強し、早く帰宅し、早く用事を済ませ、次の何事かに待機し、

と、

とにかくあらゆる作業を早く終えないと、

やっている最中にもかかわらず、用事を言いつけられるからです。

まったくこちらの事情を気にしない申し出にもかかわらず、

アンタがそうだとこっちが困るという風に、

前の用事を早く終わらせて今言った用事に取りかかることを強く求めます。

早く取りかからねば大騒ぎになる。
よくて不機嫌になる。

それは、私の身の安全の危機です。

親から嫌われるという程度の気持ち上の危機ではありません。

両親の不機嫌は暴力に直結しているので、身の安全が脅かされる生存の危機です。

生存の危機を回避するために、

早く! 速く! 急いで!

何事もやらねばならなかったのです。
急げ! そう決断したのですね。

常軌を逸した両親の要望に対応するにはこれしか思いつきませんでした。

今にして思えば、

自分の不穏な気持ちをどのようにして穏やかにすればいいのか?
子どもの事情とどう都合をつければいいのか?
が分からずに、パニクっていたのでしょう。

そんな両親に、サポートがあっていればと思います。

子どものためにも親をサポートする。

そういう意識は大事です。
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析

早く終われ! と思う話

2018年09月15日

 TA・交流分析には、気持ちを駆り立てる信念として、ドライバーが指摘されています。

 今回は、急げ!

 の話です。

 何事も急いでやる。

 すぐ取り掛かる。

 スピード上げて効率的に!

 生産性高く!

 早く結果を出す!

 一番の近道!

 などのスローガンで、何かをやることが多い人は、

 急げ!

 という信念に突き動かされているのかもしれません。

 ゆっくり、のんびり、なんてのは逆に気持ちがざわつく。

 急いで食べ終わらないと! とがつがつ食べる。

 ドラマの結末が早く知りたい! から、1,5倍速でDVDを観る。

 要点をまず言いなさい! と相手をせかす。

 こんな感じで日常を送っている。

 それは、

 早く終われ!

 早く終わらせたい!

 悪いことだから。

 望まぬことだから。

 いやなことは早く過ぎ去ってほしい。ガマンしているうちに。

 なんて思いから、

 早く! 速く! ハヤク!

 と願っていたことが始まりかもしれない。

 などとふと思ったのでした。

 自分の力ではどうしようもない、望まぬことばかり起きる日常。

 とにかく早く時間がたってほしい。

 早く大人になってどうにかしたい。

 そんな思いからかもしれないと。

 ゆっくりご飯を食べる間などない。

 ゆっくりくつろいでいる場合ではない。

 早く! 速く! ハヤク!

 できるうちにやっとかないと!

 必ず何か悪いことは起きるのだから。

 ぜったい邪魔が入るのだから。

 早く! 速く! ハヤク!
  


Posted by 聞風坊 at 06:00Comments(0)交流分析